アワノトモキの「読書の時間」

粟野友樹,星野良太,Work-Teller

「働く人と組織の関係性の編み直し」をテーマに 独自の視点で選んだ本を紹介する番組です。 扱う本は皆さんが知らないものが多くなるかもしれません。 20年以上「人と組織の関係性」を見つめてきたぼくの知見から 今の時代に必要だと思われる本だけを三部構成でご紹介していきます。 【profile】 リクルート/リクナビNEXT「転職成功ノウハウ」、リクルートエージェント「転職成功ガイド」識者 累計約600本以上の記事を監修 https://next.rikunabi.com/tenshokuknowhow/profile-tomoki-awano/ 筑波大学→大学院→人材系企業→フリーランスと 20年以上、人と組織の関係性について学習と実践を重ねる。 ◎注目している分野 ・無意識的に社会指標に適応しようとする個人の葛藤 ・現代社会のしがらみから五感を解き放つ自然環境の可能性 ・現場、当事者の主体性に焦点を当てたオルタナティブ教育 ・ブリコラージュ/人が元来持つ適応能力・打開能力の活用 ・ナラティブコミュニケーションによる脱既定路線 ※上記分野のお話が多くなると思います。 ★ご質問、扱う本のリクエストなどがありましたら、 こちらまでDMをお寄せください。 https://twitter.com/Tomoki_Awano read less
アートアート

エピソード

ep38-5「生きる はたらく つくる」「ミナを着て旅に出よう」(ミナ ペルホネン/皆川明さん)-「こぼれ話」/変化を恐れる心-
18-07-2024
ep38-5「生きる はたらく つくる」「ミナを着て旅に出よう」(ミナ ペルホネン/皆川明さん)-「こぼれ話」/変化を恐れる心-
38冊目も5回目。今回はこぼれ話の回です。皆さまのご期待に添えるよう、こぼれにこぼれてみました。   そもそも今回粟野さんが扱った2冊ですが、皆川明さんの自伝的な内容で、随所から自然体な皆川さんを感じられたそうです。 特に、これまでつくり上げてきたテキスタイルには識別番号やコードネームではなく名前を付けている、というエピソードに感銘。データや機能ではなく、名前だと物語を感じやすいよね、と二人で盛り上がっていると、ふと星野が最近の取材に関する違和感をポロリとこぼします。 客観的な数値データや比較による相対価値などを引き出そうとする取材スタイルは、もしかすると相手の本当に話したいことを阻害しているかもしれない、という気づきから、今取材スタイルを変える訓練中だという内容でした。   もしかすると皆川さんの初期もそんな状況だったのかもしれないと想いを馳せ、そんな中でも流されずに自分のモードを保ち続けた皆川さんへの尊敬がまた高まっていきます。   今の時代に100年企業を目指すなら、どのくらいの期間でリーダーを譲っていくべきかという話題では、権力の座に長くいることの弊害、リーダー持ち回り制アイデア、最近の政治家の偏屈っぷりについてまで話題が飛躍。   最後に、粟野さんは今回「37日間の野外教育合宿」によく参加を決めたよね、と言う話をしました。参加してみて、家族や仕事も回ることを実感したそう。色々と言い訳をつけてはいたけど、結局自分が変わることを恐れていただけなんじゃないか、と気づいたと話してくれました。収入や肩書、他者による成功の定義などにとらわれない生き方ができるようになると、もっと楽しい人生になるのかもしれない、と。   今回も、お聞きいただきありがとうございました!こぼれ話でたくさん話せるときは、扱った本にたくさんのインスピレーションをもらったときだと思っています。 次回もお楽しみに!
ep38-3「生きる はたらく つくる」「ミナを着て旅に出よう」(ミナ ペルホネン/皆川明さん)-「スタイル」/開かれたアワノ-
04-07-2024
ep38-3「生きる はたらく つくる」「ミナを着て旅に出よう」(ミナ ペルホネン/皆川明さん)-「スタイル」/開かれたアワノ-
100年経っても愛され続けるためには、流行を気にしていてはいけない。デザイン単体ではなく、スタイルとして人々に認知され、求められるものをつくっていきたいという皆川さん。そうした想いからテキスタイルにもすべて名前を付けているそうです。 創業期、2年間無給でもついてきてくれたデザイナーの方の言葉で「皆川さんの作る服は着る喜びや精神の充実を大事にしていることが伝わった」というものがあります。当時のアパレルブランドの主眼はいかに格好よく見せるか、に置かれていたそうですから、そもそも着眼点から違ったのかもしれません。 余談ですが、星野の4歳手前の息子が気に入ってきているTシャツの一つが、デンマーク製のものなんです(フィンランドではないのですが)。つくりの良さ、着心地の良さを、こどもながら(だから?)に受け取って選んでいるのかもしれません。 テキスタイルのパターンだけでなく、生地の質、縫製技術、セールは絶対にしない方針など、変えないものを明確にしてそれを何十年という単位で保ち続けていることから、「スタイル」が際立ち、人々が惹かれていく。「ミナペルホネンは、他社の成功法則などには一切関係なく、自分たちの道を行く」と明言もしています。つよいメッセージですが、それを自然体で伝えているところにも魅力を感じます。 次回は、3つ目のキーワード「陸上選手」について、お話していきます。
ep38-2「生きる はたらく つくる」「ミナを着て旅に出よう」(ミナ ペルホネン/皆川明さん)-「せめて100年つづくように」「自然体」-
02-07-2024
ep38-2「生きる はたらく つくる」「ミナを着て旅に出よう」(ミナ ペルホネン/皆川明さん)-「せめて100年つづくように」「自然体」-
今回はキーワード「せめて100年つづくように」を軸に、お話をしてまいります。そもそも皆川さんがこの取り組みを始める際にA4用紙に書いて張ったという言葉です。我々にとって100年という単位はとても長い期間に見えますが、そこに「せめて」とつけている皆川さん。次々と新しい流行をつくっては消費していく業界へのアンチテーゼだったのでしょうか。 初期は「ミナ(私)」というブランド名でTシャツをつくるところからスタートし、営業も展示会の運営もすべてご自身で担当し、とは言え売り上げは一向に上がらず。八王子の魚市場で働きながらの立ち上げ時期だったそうです。自分の車に洋服を積んで東北や大阪に行っての飛び込み営業も、成果は上がらず。ヨーロッパ遠征にも行かれています。 目に見える成果が出ない中でもコツコツと続けられるモチベーションの源泉が気になった星野。粟野さんの話してくれる中からこれは営業ではなく、布教なのではないかと感じました。市場の動向やお客様のニーズに一切とらわれず、自分たちが信じた道を自分たちの時間軸で一歩ずつ進んでいく。その姿勢におそらく皆さん惹かれていくのでしょう。 また、100年という単位を本気で目指すと、自分一人だけでは実現できない。想いを他の人にタスキをつなぐように渡していかないといけません。しかも、受け渡しの期間にスピードを落とすことなく。そう考え「いつか自分は閉じなきゃいけない」と皆川さんは書いています。ミナペルホネンの代表をおり、次の世代へと受け継いでいく。代表だけでなく、縫製を依頼している先の職人さんや会社などのことも考えながら。 縫製のプロが、ミナペルホネンの服をほどき解説していくYoutubeを粟野さんが見たようです。そこでも、縫製技術が絶賛されていたとのこと。あるべき姿を見据え、そのために必要な要素を仲間とともにつくりあげていく。一見志を追い続ける男くさい印象を持ちますが、粟野さんが皆川さんに感じた印象は「自然体」だったそうです。だからこそ、女性からの支持を受け続けているのかもしれません。 次回は、2つ目のキーワード「スタイル」について、お話していきます。
ep37-5「ふつうの相談」(東畑開人さん)-Podcastもふつうの相談、ふつうの枠を広げる、「野良〇〇」-
06-06-2024
ep37-5「ふつうの相談」(東畑開人さん)-Podcastもふつうの相談、ふつうの枠を広げる、「野良〇〇」-
4回にわたり「ふつうの相談」を扱ってきましたが、最終回はこぼれ話の回です。 K-POPアイドルの話・継続視聴率の話・日本ではPodcastは稼げない話・Lobsterr letterの話…と、冒頭から関係のない話題が止まりませんが、「ふつうの相談」に関連したこぼれ話は大体8分前後からです(毎回関係ない話から始めちゃってごめんなさい)。 我々がPodcastを介して続けているやり取りも、「ふつうの相談」の一種なのだろうなと思っています。星野としては、粟野さんに預かってもらっている。聞いてくれている人にも預かってもらっている。そんな心持になっております。いつもありがとうございます! 粟野さんは先日、青山ブックセンターでのイベント「朱喜哲×渡邉康太郎『人類の会話のための哲学』刊行イベント 」に参加してきたそうです。 その際にお話されていたお二人のお話がぴったりとかみ合ってはいない感覚を抱かれたようです。その経験から「強い文脈・弱い文脈」または「小さなフォント」といった言葉の捉え方も人によって違うのかもしれないという認識を持ったとのこと。 たとえば「強い文脈」という言葉を、粟野さんは社会の中で主流とされている考え方として捉え、星野は「発信者の意図」として捉えていることがわかりました。 もう一つ、こぼれ話として「ふつうの枠を広げる」というテーマについても二人で話しています。一人ひとりが枠を広げると、もっと気軽にお互いを助け合える社会が広がるだろうと思うのです。 星野が野良コーチ、野良カウンセラーを目指すように、「野良×〇〇」がもっと増えると面白そうだな、と。 「ふつう」はビジネスにはなりにくいのかもしれませんが、それをきっかけにして、関りを持ち続けていくこともできるのは、と思います。 今回でホシノリョウタの読書の時間も終了。 次回からはまた通常通りアワノトモキの読書の時間に戻ります。 お楽しみに!
ep37-4「ふつうの相談」(東畑開人さん)-小さなフォント、弱い文脈、藤井風-
30-05-2024
ep37-4「ふつうの相談」(東畑開人さん)-小さなフォント、弱い文脈、藤井風-
今回は3つ目のキーワード「横道の意義とは」を軸にお話ししていきます。 星野としては、リスナーの方々もこの内容には興味を持つ人が多いのではないかと思っておりますが、どうでしょうか。 扱っている「ふつうの相談」(東畑開人さん)ですが、この本の構成、少し変わっているんです。 地の文章とは体裁を変えた「小さなフォント」が織り交ぜられています。 本論が展開される地の文章と、著者の東畑さんがおそらく思いついたであろう横道話が「小さなフォント」でつづられ、ページが進んでいきます。 星野は主にこの「小さなフォント」で書かれた内容にズキュンズキュンと撃ち抜かれていきました。 実はこの構成、中井久夫さんの「治療文化論」をオマージュして意図的につくられていたことが、本の最後に東畑さんから語られます。 この本の中でも語られている「臨床を日常的な文脈、人間的な文脈で捉える観点」が、こういう構成を生み出している、と思いました。 読書の時間でも扱ったTakram渡邉康太郎さんの「コンテクストデザイン」で触れられていた、「弱い文脈」も思い出されました。 強さや正しさを備えた本論も、矛盾や曖昧さを「小さなフォント」で添えながら伝えることで、きっと届く先は広く大きくなる。そんなことも感じたわけです。 ところで。 粟野さんが藤井風を聞いていることを知って意外な星野でした。よく知っていると思っている人にも、まだまだ見えていない面はたくさんあるんでしょうね。 みなさま、ともに周りの人を掘り続けましょう。
ep37-3「ふつうの相談」(東畑開人さん)-星野は預かりたい、名もなき野良相談役
23-05-2024
ep37-3「ふつうの相談」(東畑開人さん)-星野は預かりたい、名もなき野良相談役
37冊目「ふつうの相談」(東畑開人さん)について語る3回目。 今回はキーワード「星野は預かりたい」について話していきます。 書籍「ふつうの相談」には、こんなことが書かれていました。 --- (以下、趣旨まとめ) 現在の心のケア業界では、苦悩する人たちの状況に合わせた療法が実施されているとは言い難い。 その要因は、1人の臨床家が2つの療法のスペシャリストになる労力が大きいことと、臨床家のキャパシティを越えた相談ニーズがあることが挙げられる。 だが、ケアに関わる人の大きな社会的役割の一つは、適した療法を提供できなかったとしても、まず自分が相談者の悩みを預かることである。 (以上) --- 心のケア業界の現状はさておき(!)、星野個人としてこの役割に関する表現に響いてしまったのでした。 ふつうの相談として親身にお話できる方に巡り合いづらい世の中。 たとえ付け焼刃だったとしても自分の悩みを預かってくれる人の存在のありがたさ。 これを相談する側として切実に感じてきたからこそ、自分もそういう存在になりたいのでは、と思うのです。 もちろん専門家が必要な状況があるのは承知の上で、とは言えそこへのエスカレーションまでできたらいいなぁと。 一時避難所のようなイメージですね。 東畑さんの本には、こうしたビビビポイントがそこら中にちりばめられている印象です。 本の趣旨ドンピシャのお話ではないのですが、こんな観点からもおすすめの本でございました。 社会の流れには逆行するのかもしれませんが、個人ができることをもっと復活させて相互扶助コミュニティをもう一度復権させたいな、と考えております。 ふつうの相談も承っていく名もなき野良相談役として、熟練度を上げていきたいと思う所存です。
ep37-2「ふつうの相談」(東畑開人さん)-相対化してお互いを理解し合う、球体の臨床学、ふつうの相談
16-05-2024
ep37-2「ふつうの相談」(東畑開人さん)-相対化してお互いを理解し合う、球体の臨床学、ふつうの相談
37冊目「ふつうの相談」、著者は東畑開人さん。 ⁠https://amzn.asia/d/5Aqtjix⁠ 粟野さんではなく星野による読書の時間2回目です。 今回から3回にわたり、下記キーワードに沿って読書の感想をお伝えします。 【37冊目「普通の相談」のキーワード】 1.相対化してお互いを理解し合うこと 2.星野は預かりたい 3.横道の意義とは? 今回は「1.相対化してお互いを理解し合うこと」についてです。 まずは星野なりに、本の概要をまとめていこうと試みました。 シンプルに説明できてはおりませんが、皆さまの読書の助けになりましたら…!! 世の中には、専門家ではなく名もなき方々による心のケアがたくさんあります。 研究などで扱われることはなくとも、実際に人を助けている。 そのケア活動を「ふつうの相談」と名付け、あらゆるケア活動の中心に置いています。 東畑さん自身も、カウンセリングルームへの来訪者に対して精神分析的アプローチではなく、「ふつうの相談」で対応することもあるようです。 「ふつうの相談」では、各人がその日常から得た「世間知」と相談者に対する周辺情報に対する「熟知性」を活用します。 他にも、無数の「ふつうの相談」から抽出された理論をまとめた「学派知」、ケアが行われている現場ならではのノウハウ「現場知」があります。 いわば、それぞれの立場による偏りが存在し、それにより「心のケア」界隈が協働しづらくなっているのでは?という東畑さんの課題感がありました。 そこで東畑さんはこの本の中で「球体の臨床学」という捉え方を提示したのです。 球体の中心に「ふつうの相談」を置き、「学派知」・「専門知」・「世間知」・「現場知」などをそれぞれ球体上に配置できる捉え方です。 これにより、各自が相互を相対的に認識できるので、お互いの理解が進み、協働に進めるのではないか、というアイデアです。 この捉え方は、心のケア界隈だけでなく、他の世界すべてに対して活かせそうだと感じました。 普段、意識していないと自分の視点を中心に考えてしまいがちですが、ある種メタ視点で捉えることの重要性を再認識できました。 …と、まずはある程度本の趣旨に沿ったお話からさせていただきました。 次回からはもう少し星野の興味をベースにお話していきたいと思います。
ep37-1 「ふつうの相談」(東畑開人さん)-星野良太の読書の時間、心のケア世界のナウシカ、大仏次郎賞誤読事件
10-05-2024
ep37-1 「ふつうの相談」(東畑開人さん)-星野良太の読書の時間、心のケア世界のナウシカ、大仏次郎賞誤読事件
37冊目は、粟野さんではなく星野による読書の時間です。 扱う本は「ふつうの相談」、著者は東畑開人さん。 https://amzn.asia/d/5Aqtjix 白金高輪カウンセリングルームを主催されている方です。 2024年の紀伊国屋人文大賞で16位になっていたのを見て、興味を持ち読んだのでした。 大学時代にカウンセリングを学ぼうとしていた身としては、再度今の業界動向を知ってみたいという気持ちがあり、この機会に手に取った次第です。 読後のファーストインプレッションは「読者へのケアがある本だな」という印象。 また、本自体の構成に意図があり、そこに惹かれました。 実際本がかかれた背景としては、心のケアに関わる方々をつなぐための新しい相対的な見方を提示しよう、というもの。 いわば心のケア世界のナウシカです。 失われた人と大地の絆を結びなおそうとされています。 本を読みながら感じたことを、次回以降、下記3つのキーワードに沿ってお話していこうと思います。 1.相対化してお互いを理解し合うこと 2.星野は預かりたい 3.横道の意義とは? ------ ※ちなみに途中、「大佛次郎賞」を「だいぶつじろう」と呼んでいる個所がありますが、正しくは「おさらぎじろう」ですね。無知をぶっこきまして大変失礼いたしました!皆さまお気を付けを!
ep36-5 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-小さな表現者たち・誤配と連帯・おぼっちゃまくん-
30-04-2024
ep36-5 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-小さな表現者たち・誤配と連帯・おぼっちゃまくん-
読書の時間36冊目、慶應義塾大学准教授の岩尾俊兵さんの著書、 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか 増強改訂版『日本”式”経営の逆襲』」 を扱う5話目、こぼれ話の回。 www.amazon.co.jp/dp/4334100910 「日本企業が逆襲」するにあたって重要となる、コンセプト化・文脈依存度の話から、 本・ZINEを作る個人が増えている今いま、文芸フリマの盛況ぶり(東京は2024年5月で38回目)、 星野さんが感銘を受けた「陶器市@栃木県・益子」でのストーリーを感じる陶器との出会い、 などなど・・・ より小さな範囲の自分・自分たちを「表現する」流れが来ているのではないか? 小さな、もしかしたら取るに足らないかもしれない表現と、 それに偶然出会った受け手との間にこそ、 何か大切なものがあるのかも知れません。 益子の陶器市での陶器との出会いを熱く語る星野さんの話を聴きながら、 小さな表現者である作陶者やそれを代弁するお店の方、 受け手の星野さんの間に小さいけれど、確かなつながり「連帯」が生じている。 ふとそこから連想するのは、 読書の時間31冊目で扱った、東浩紀さん「「観光客の哲学 増強版」の、 「誤配・観光・憐れみ」。 「分断ではなく連帯」を社会に作っていく上で重要なキーワードでした。 www.amazon.co.jp/dp/4907188498 ep31-1「観光客の哲学 増強版」(東浩紀さん)-訂正可能性・偶然性/無責任性/曖昧性・人間っぽさ- https://spotifyanchor-web.app.link/e/fz7Z1B9t5Ib それはつまり、偉い誰かに「皆、連帯しましょう」と掛け声をかけられても、内心は白けてしまう。 けれども、たまたま偶然の出会いによって生じてしまった愛着や思い出からは、 簡単には消えない連帯が生まれるのではないだろうか、というような話でした。 そんな話もしながら、 終盤はドラゴンボールの作者、鳥山明さんの訃報に触れた世界中からの リスペクト溢れる様々な反応からまざまざと感じる、漫画の持つ影響力の話へ。 作者の超個人的な想いやイメージからスタートした作品が、勝手に、そして何ら反発をされずに世界中へ広がっていく。 (逆襲とか、売り込むとか、他国の文化に自国が乗っ取られるとか、そういった発想が生まれることもなく) 最後はこぼれ話らしく、コロコロコミックで1990年前後に連載されていた、昭和の名作漫画「おぼっちゃまくん(小林よしのりさん作)」へ着地。 経営・グローバル競争から、陶器、おぼっちゃまくんまで。 書籍の内容をそのまま扱うのではなく、 ある程度は実直に読み解きながらも、 同時に受け手の我々が誤読をしつつ、発想を展開していく。 その中にこそ、その書籍との忘れがたいつながり・連帯が生じたり、 聴いていただいている皆さんと「アワノトモキの読書の時間」との何らかのつながりになるのかもしれません。 *********************************** さて、次回37冊目は星野さん選書「ホシノリョウタの読書の時間」です。 どんな本になるのかも含め、楽しみにお待ちいただければと思っています。
ep36-4 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-幼馴染とアイドル・強い文脈と弱い文脈・開かれる儚さ-
23-04-2024
ep36-4 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-幼馴染とアイドル・強い文脈と弱い文脈・開かれる儚さ-
読書の時間36冊目、慶應義塾大学准教授の岩尾俊兵さんの著書、「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか 増強改訂版『日本”式”経営の逆襲』」を扱う4話目。 www.amazon.co.jp/dp/4334100910 キーワード3つ目は、 「文脈依存度を下げるべきなのか」 『日本”式”経営の逆襲』を企図する著者としては、 日本の優れた経営技術(ノウハウ)をグローバルに輸出していきたい。 それはつまり、 日本企業の現場で日々行われるノウハウの抽象度を上げて=文脈依存度を下げ、コンセプト化し、 「サムライ・スピリット」 「wabi-sabi(侘び寂び)」 のような日本風のプロダクト名をつけ、 世界に広め、日本企業・日本式の実力を知らしめる、ということだと解釈しました。 「確かに!元々いい経営技術を持っている日本企業が同じものを逆輸入させられて、良さを失う状態は変えたいよね」とまさに正しい方向性だと思う一方で、 私(粟野)としては、強いプロダクトをぶつけ合ってシェア競争・輸出と逆輸入をやり合う、 永遠に続く戦いの円環の中に入っていくだけのような、 そんな印象も受けたというのが正直な感想です。 同時に、星野さん曰くの「世に開かれる故の儚さ」という必然性にも思いが至ります。 文脈依存度を下げてコンセプト化した経営技術プロダクトを世界に出す、ということは、 つまり同時に他国(他者)にそのコンセプトなりを書き換えられる・再解釈される可能性に開かれるということ。 「仲の良かった幼馴染が、人気アイドルになり、遠い存在になってしまった。 もう俺の知ってる幼馴染じゃない・・・。嬉しいけれど、寂しい。」 その寂しさに似た儚さを感じて違和感を持った私がいたのかもしれませんが、最近流行りのアメリカの哲学者・リチャード・ローティ的にみると、「再解釈され続けることに開かれる」という態度が必要なのかもしれません。 一度出したプロダクトがずっと勝ち続けるという不可能な期待はしない。 幼馴染もステージや環境によって、変化していくことが自然である。 ※この文脈(コンテクスト)やコンセプトの話にご興味ある方は、ぜひTAKRAM・渡邉康太郎さんの「コンテクスト デザイン」の”強い文脈・弱い文脈”の話もご覧いただけると面白いかと思います。 https://aoyamabc.jp/products/context-design 読書の時間 ep01-1/「コンテクストデザイン」(Takram渡邉康太郎さん) https://podcasts.apple.com/jp/podcast/ep01-1-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3-takram%E6%B8%A1%E9%82%89%E5%BA%B7%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%95%E3%82%93/id1574537184?i=1000527397958 さて、次回は36冊目の5話目、こぼれ話の回になります。 ざっくばらんな展開になると思いますが、次回もお聴きいただければと思っています。
ep36-3 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-カイゼン・オープンイノベーション・ティール組織-
17-04-2024
ep36-3 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-カイゼン・オープンイノベーション・ティール組織-
引き続き、読書の時間36冊目は、 慶應義塾大学准教授の岩尾俊兵さんの著書、 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか 増強改訂版『日本”式”経営の逆襲』」を扱う3話目。 www.amazon.co.jp/dp/4334100910 キーワード2つ目は、 「逆輸入される日本の経営技術」 まず著者は、曖昧模糊とした解釈をされがちな「経営」という言葉を、 3つに分解した理解を提案します。 ・経営成績・・・株式時価総額、売上高、など ・経営学・・・・世の主流とされるアメリカ式経営学、ドイツ経営学など ・経営技術・・・企業経営の現場にある技術、ノウハウ、フレームワークなど もし「経営」を上記3つを分解せずに解釈している場合、 「日本企業の時価総額ランキングは、失われた30年で凋落した。だから日本企業はだめだ」 「経営学の最先端はアメリカで、日本の経営学は遅れている。キャッチアップが必要だ」 「◯◯というGAFAMの最新フレームワークを導入して、日本企業の経営をアップデートしなければならない」 といった表現をされながら、日本企業の劣位が解説される場面が多いように感じます。 しかし、著者曰く、「経営」を3つに分解して捉え直した時、 こと経営技術に関しては日本企業にもともと素晴らしいものがある。 なのに、同じもの(経営技術)をカタカナ語に変換されただけで欧米から逆輸入してしまうことで、 本来持っていた日本企業の経営技術が消され、 日本企業の弱体化を招いているのではないか、と指摘されます。 その具体例として、 両利きの経営、オープンイノベーション、ティール組織、リーン・スタートアップ、 アジャイル開発、スクラム開発、ボトルネック、コンカレント・エンジニアリングなどが 本書では挙げられています。 この読書の時間では、そのうち3つ経営技術用語を取り上げました。 ▼両利きの経営(既存事業=知の深化+新規事業=知の探索、その両方やっていくことが大事ですよ) 素朴な疑問; トヨタ生産方式のカイゼンのように、デンソーが既存の生産ラインを動かしながらも、 新しく製造指示書(カンバン)を効率的に処理する新しい方法として「QRコード(クイック・レスポンス)」を 生み出したように、日本企業でも普通にやっていることなのでは? 改めて、欧米から「両利きの経営が大事ですよ」と言われて、改めてやることなのだろうか。 ▼オープンイノベーション(企業の内と外の技術をうまく活用して新しいよきものを生み出していきましょうね) 素朴な疑問: 日本企業の「ケイレツ」は、1企業で製品を完成するのではなく、複数の企業がそれぞれの知見を活かしており、 オープンイノベーションのわかりやすい事例として、ずっと存在しつづけているのではないか。 今更、カタカナ語で啓蒙される必要は無いのでは? ▼ティール組織(組織が1つの生命体のように自然に機能し、人がその人全体として受け入れられている) 素朴な疑問: (問題箇所はありつつも)日本企業の特徴とされた、終身雇用・年功序列・企業別労働組合だったり、 メンバーシップ型雇用(職務、場所、時間が無限定だと、ジョブ型雇用の対で批判されましたが)だったり、 日本企業はもともと、ティール組織の多くの要素を自然に持っていたのでは? (読書の時間4冊目「日本社会の仕組み/小熊英二」でも扱ったように) 日本企業といっても、大企業以外は終身雇用ではなかったにせよ、 その企業に入って、自分も家族などもまとめて面倒を見てもらえる(ホールネス)、 だからこそ安心して仲間に貢献しようと仕事に取り組め、 個人の損得勘定だけではない取り組みもできるのではないか。 Ep04-1「日本社会のしくみ」 https://podcasters.spotify.com/pod/show/tomoki-readingtimes/episodes/Ep04-1-e18j4sv/a-a6m5e4v www.amazon.co.jp/dp/4065154294 私(粟野)は、まさにこういったカタカナ経営ワードになんとなく新しさを感じてしまい、 「逆輸入」されていることに無自覚な人間でした。 著者も仰るように、「だから日本企業は過去のやり方にもどればいいんだ」とは違いますが、 ワーディングがかっこいいしなんとなく新しくて良さそう 経営成績が圧倒的に高い欧米企業がやっていることだからいいに決まっている などのミーハーな感覚で、それを取り入れたり、周囲に喧伝したりすることは 全くよろしく無いことだなと強く感じます。 収録では、時間制限も気にしながらやや駆け足で興奮気味にまくし立ててしまいましたが、 普段何気なく使っている言葉を、違った側面から見てみる機会になればと思っております。 次回、36冊目の4話目は、キーワード3つ目 「文脈依存度を下げるべきなのか」を扱っていきます。 それではまたお会いできることを楽しみにしています。
ep36-2 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-デフレとインフレ・時代のメカニズム・カネで人材を釣る-
09-04-2024
ep36-2 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-デフレとインフレ・時代のメカニズム・カネで人材を釣る-
読書の時間36冊目は、慶應義塾大学准教授の岩尾俊兵さんの著書、「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか 増強改訂版『日本”式”経営の逆襲』」です。 なお、この36冊目の2話目から放送形態を変更し、 1キーワード=1話、というスタイルになります。 これまではキーワード3つを一気に1話分として放送していたので、45分以上の長時間放送回も多数・・・。 これからは、1話15分程度に短縮化されるので、 よりご負担なく、より身近にお聴きいただけるのでは、と思っております。 さて、本題のキーワード1つ目は「カネ優位・ヒト軽視のデフレ時代」です。 戦後から続いた「インフレの時代=カネの価値が低く、ヒトに価値がある」状況から、 平成のあたりを転換点に「デフレ=カネの価値が高く、人の価値が相対的に下がる」流れになり、そして現在に至る日本。 「昭和の時代は、今みたいに物質的に豊かではなく大変だったけど、みんな仕事を一生懸命やって会社に貢献し、会社も家族のような存在で従業員に報いてくれた。いい時代だった。 それに比べて、今の時代は賃金は上がらないし、会社は従業員の面倒を見てくれないし、非正規労働の問題もある。 やれキャリアオーナーシップだ、リスキリングだ、雇用の流動性を上げるべきだ、人的資本経営だとか、生産性・投資対効果といったカネ勘定が物差しになり、ヒトを大事にしない世の中になった」 ちょっと極端な表現をしてみましたが、 こういった、ある種の本音的な感想を持つ方も一定数いらっしゃるのではないでしょうか。 こう考えていくと、一般的に日本型雇用の特徴として一時期称賛された、終身雇用・年功序列・企業別労働組合、 それらさえも、日本企業の経営者がヒトを大事にしようとして取り組んだからそうなったというよりも、「カネよりヒトの価値が高い」から、力学的にそうせざるを得なかっただけなのではないか。 1990年代に規制緩和で非正規雇用が拡大したことも、一言で言ってしまえば、「ヒトを大事にするより、カネを重視したほうが合理的だよね」と状況変化に対応しただけなのかもしれません。 多くの人には当たり前の知識なのかもしれませんが、 我々的には未知の情報であり、時代の裏側にあるメカニズムの1つを教えていただいた、そんな学び多き内容でした。 次回、36冊目の3話目は、キーワードの2つ目「逆輸入される日本の経営技術」を扱います。 「経営技術」という、聞き慣れない用語・概念も出てきますが、ぜひ楽しみにしていただければと思っています。
ep36-1 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-日本式・カネかヒトか・構造改革-
02-04-2024
ep36-1 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」(岩尾俊兵さん)-日本式・カネかヒトか・構造改革-
読書の時間36冊目は、やや趣向を変えてビジネス・経営よりの本をチョイスしました。 「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか 増強改訂版『日本”式”経営の逆襲』」という、慶應義塾大学准教授の岩尾俊兵さんの著書です。 www.amazon.co.jp/dp/4334100910 1話目は、岩尾俊兵さんの30数年の数奇な人生に少し触れていきます。 幼少期の名門経営者一族としての生活から、中卒自衛官・各種アルバイト生活を経て大検を取得。最終的には東京大学初の経営学博士号まで、といった波乱万丈な歩み。興味深い方です。 従来と異なる選書のきっかけは、岩尾俊兵さんのネットの記事を見かけたこと。 「経営者が、ヒトを大事にするか、カネを重視するか。それは経済環境に多分に影響される」 という話で、金融・経済に疎い粟野は、なるほど!と、また1つ新たな視点を得た感がありました。 さて、Podcast「アワノトモキの読書の時間」 Work Tellerの放送形態ですが、36冊目から少しだけ構造改革を行っていきます。 これまではキーワード3つを1話にまとめて放送していましたが、時間が40~50分と長くなりがち。 そこで、1キーワードで1話放送に分割し、 1冊の本で全5話というスタイルにさせていただきます。 (少しでもお聴きいただいている方の負担やハードルが下がればと思っています) この新しいスタイルで放送する、 2話目~5話目で取り上げるキーワードは以下の3つになります。 1.カネ優位・ヒト軽視のデフレ時代 2.逆輸入される日本の経営技術 3.文脈依存度を下げるべきなのか それでは、読書の時間 36冊目の2話目でもお会いできることを楽しみにしています。
ep35-3 「共感という病」(永井陽右さん)-学びの時差・山伏修行と直感・more than language-
26-03-2024
ep35-3 「共感という病」(永井陽右さん)-学びの時差・山伏修行と直感・more than language-
読書の時間35冊目 「共感という病」(永井陽右さん)の3週目は、 本から得た着想を元にフリートークを展開するこぼれ話の回。 永井陽右さんと内田樹さんの対談を勝手な推測にしながら、 学びには、教える側と教わる側の間にある様々な格差があるのではないか。 それは時差だったり、視座の違いだったり。 粟野個人的には、10代・20代のときによく理解できなかった先人のアドバイスの、言わんとすることが40代になってなんとなくわかる、ことがあります。 また、読書の時間34冊目「自由が上演される(渡辺健一朗さん)に続き、 西洋風の研修などではない、日本独自の手法という話の流れから、 粟野が2023年夏に参加した山伏修行に関する話題へ。 言語、時間、ネット、世俗とのつながり、スケジュールなどを絶った環境下で、 論理や感情のみの生き方ではなく、感じること・直感を取り戻す場でもありました。 more than language 最後は、星野さんから「社会貢献を当たり前に実行する企業」を紹介してもらいながら、 「満員電車で目の前に小学生がいたら、どうする?席を譲る?」という問いをいただきました。 不肖・粟野は(論理・感情で判断して)「席を譲らないかもしれない」と回答してしまいましたが、 ここはもちろん、惻隠の情を発揮し、自然な直感の発露の結果として、気づいたら勝手に小学生に席を譲るなどの対応ができるようになりたいものです。 それでは、また読書の時間36冊目でお会いできることを楽しみにしております。
ep35-2 「共感という病」(永井陽右さん)-第三者・同情するなら金をくれ・宇宙兄弟-
19-03-2024
ep35-2 「共感という病」(永井陽右さん)-第三者・同情するなら金をくれ・宇宙兄弟-
読書の時間35冊目 「共感という病」(永井陽右さん)の2週目は、 3つのキーワードについて対話を重ねていきます。 www.amazon.co.jp/dp/476127560X 1.共感が生む対立・争い テロや紛争の場面、ビジネス、日常生活など、多くのシーンで共感は利用されています。 BML運動然り、共感は大きな力を持つ一方で、同時に敵との埋めがたい壁を作り出す場合もあり、 共感が大きな対立を生む弊害もあるのではないか。 永井陽右さん曰く、「共感しすぎない、無関係な第三者」がいることで、 問題が解決することが多いという言葉。 まさにそうだと思います。我々は過度な共感を求めすぎているのかもしれません。 2.共感(empathy)と同情(sympathy) 「公園で転んで泣いている子どもがいたら、どう声をかけるか。」 共感か、同情か。そんな話題からスタートしました。 よく、コーチングやキャリアカウンセリングの研修場面では、 共感は良いが、同情はだめ(同情は個人のマスターベーションだから)、とされます。 しかし、粟野個人としては、 「その相手を大事に思う心があれば、リアクションは、同情でも共感でも、無言でもよい」 のではないかと考えています。 また、星野さん曰くの「表出した言動や形式に焦点をあててしまい、 ”あいだ”が抜けてしまうことに、我々は抵抗を感じるのでは」 という話には、同意する方も多いのではないでしょうか。 3.知性と集団 最後は、この本の巻末にある、内田樹さん(思想家)と永井陽右さんとの師匠と弟子のような対談から。 「個人が専門性を高めて強くなることは、知性ではない」 「むしろ、その人がいることで、周囲の沢山の人が力を発揮できるようになることが知性である」 という内田樹さんの言葉があり、粟野個人としては自分の考える知性の定義を改めざるを得ない、気づき・学びとなりました。 ちょうどアニメの「宇宙兄弟」にハマっていたタイミングだったので、 この意味での知性は、キレキレな人物ではないけれど、 周りを活かしつつ、物事を成し遂げていく六太(お兄ちゃん側)のような存在を知性がある人というのかもしれません。 さて、3週目は、共感や感じること、学びなどについてざっくばらんに話を展開するこぼれ話の会です。 次回の読書の時間でもお会いできることを楽しみにしています。
ep35-1 「共感という病」(永井陽右さん)-共感の胡散臭さ・侵される感覚・ストーリー-
05-03-2024
ep35-1 「共感という病」(永井陽右さん)-共感の胡散臭さ・侵される感覚・ストーリー-
読書の時間の35冊目は、「共感という病 いきすぎた同調圧力とどう向き合うべきか?」永井陽右さん。 www.amazon.co.jp/dp/476127560X 永井陽右さんは、国際紛争などの解決を図るNPO法人アクセプトインターナショナルの代表理事。 2021年にはニューズウィーク日本版「世界に貢献する日本人30人」に選出されるなど、注目されている方です。 (なお、同法人の活動は非常に特殊で、例えばテロ組織・構成員の再社会化を支援するという、難度が高い活動をされていらっしゃいます。) 1週目は、「共感に対する胡散臭さ」という部分から 我々が感じること・発想することを、筋書きなしに対話。 星野さん曰く 「日常生活で普通に感じている・知っている言葉や概念を、 ”お上”から押し付けられてしまうと、全く同じものなのに、違和感を持つ。ピュアな心を侵されるような感覚になるよね」 という部分は、まさに(自然な意味での)「共感」。 発信者側の意図・「泣かせよう」ストーリーが見える作品のようなものかもしれません。(「宇宙兄弟」や「実写版ドラゴンボール」への横みちに展開) さて、2週目に取り上げるキーワードは以下の3つです。 1.共感が生む対立・争い 2.共感(empathy)と同情(sympathy) 3.知性と集団 それでは、読書の時間 35冊目の2週目でもお会いできることを楽しみにしています。
ep34-3 「自由が上演される」(渡辺健一郎さん)-分人・可視化・”日本風”-
27-02-2024
ep34-3 「自由が上演される」(渡辺健一郎さん)-分人・可視化・”日本風”-
「自由が上演される」渡辺健一朗さんの3週目、こぼれ話の回。 その環境や場面、時期に応じた「分人」の話や、 ある種の「思い込み」が歴史に残る偉業を成し遂げることにつながるのかも、などの話からスタート。 (なお、歴史に残る偉業といっても、それは勝者側が描いた限定的な歴史でしかなく、敗者や異なる側面から眺めたときの、別の歴史もあるのだと思いつつ) そこから、可視化・数値化の(良くも悪くも持つ)威力や、 ネガティブ・ケイパビリティ的に考え続ける大変さがある故に、楽チンに生きたい・わかりやすいものに乗っかりたい、となる気持ちも分かるよね、という話題に展開していきました。 さらに、2週目にも話になった、日本風のワークショップは開発できないものか?という論点。 例えば、私(粟野)が2023年に体験した山伏修行的なものが、 1つの方向性・ヒントかもしれません。 最後は、公開のタイミングとはずれますが、 収録が2024年の年始だったこともあり、 お互いの抱負(ご縁、敵を少なくする)で締めさせていただきました。 収録・公開のペースが、若干、不規則になってしまっておりますが、マイペースに・着実に継続していきますので、また35冊目の読書の時間をお聴きいただけることを楽しみにしております。
ep34-2 「自由が上演される」(渡辺健一郎さん)-情熱・ワークショップ化する社会・”たかが野球”-
20-02-2024
ep34-2 「自由が上演される」(渡辺健一郎さん)-情熱・ワークショップ化する社会・”たかが野球”-
読書の時間34冊目「自由が上演される」渡辺健一朗さんの2週目は、キーワード3つを扱いながら、互いが興味ある教育・ワークショップなどについて議論を重ねていきます。 1.知性を放棄した、意志による教育 ジャック・ランシエール(仏)の「無知な教師」をベースに、「知性ではなく、意志(情熱)による、教師と生徒の格差」が必要であるというお話。 「多くのことを知っている・頭脳明晰」などではなく、 あくまで「何かを学び続けたい・新しい発見は面白い」といった情熱を持った教師が、 生徒にその姿を見せる/魅せる、という意味と解釈しました。 2.ワークショップ化する社会 教育界が受けたとされる2大インパクト(フーコー・インパクトとドゥルーズ・インパクト)を経て、 「(見せかけの)自由を演出するため(自由促進型教育)」や 「(教師と児童・生徒の)パワー・ハラスメントを回避する」といった目的のため、 ワークショップやアクティブ・ラーニングが人気を博した、という側面への指摘がされます。 星野さんからの「ワークショップなどは、欧米起源のもの。 例えば”三日三晩飲み明かす””闇鍋をつつく”といった、 本音と建前を使い分ける日本人のあり方に適した手法が合っても良いのでは」というコメントにはハッとさせられました。 3.上演としての教育 書籍名にもつながりますが、 教育も、演劇も、スポーツも、演奏会も、「あくまでその場限りの”上演”」として、強い限定性を意識すべきではないか、というお話。 ビジネス中心に人生全てが、盛和塾(京セラ・稲盛氏の教え)万歳や、 「ドラッカーがこう言ったから◯◯すべき」だと、お付き合いし続けづらい。 野球のダルビッシュ選手がWBCの際に言った、「たかが野球」。 野球に真摯に向き合いつつ、けれども 「ちょっと待ちなよ、他の選択肢や大事にしたいこともあるはずだよね」 という意味合いだと思います。 社会の過渡期かもしれませんが、多くのことが「ハラスメント」とされるリスクを恐れ、 「優しさという残酷」が静かに広く深く浸透している、2024年現在。 難度は高いですが、教師も、上司も、経営者も、親も、何らか場面のリーダーは、 「情熱による格差(ハラスメント)」を恐れず、 一方で、児童・生徒、部下、従業員、子ども、場の参加者たちは、 ある意味で、舞台上の”演者”の姿・発言を、離れた客席で見る観客が持つ非対称性を維持し、 「ここで演じられていることは、この場限りのもの。終わればまた別の世界線がある」 と冷めた認識をすることがポイントなのだろうなと感じています。 日本社会の中での生きづらさを助長していると感じる、 過度なハラスメントリスク、自由促進型教育(ダブル・バインド)、自粛警察的なあり方、 そういったものに対して一石(以上)を投じてくれる、気づき多い書籍だと感じています。 それでは、34冊目の3週目でもお会いできればと思います。