エミリー・ディキンソン「宝ものをにぎりしめて」

あなたのいない夕暮れに 〜新訳:エミリー・ディキンソン

06-10-2020 • 6分

あなたへ


こんにちは。秋と冬がすれ違うかすかな風を、スカートの裾に感じる季節になってきました。おかわりありませんか。


季節の変わり目は、頭痛がする日があるのですが、その引き金となる失くし物をしてしまって、ちょっと困っています。眼鏡です。手元を見る時だけにかけるので、ちょっとどこかに置いたまま忘れてしまうことがしばしばで。


何かを失くすたび、これまで失くしてきたものたちのことも思い出しては、「ああ、あれは結局どこに行ってしまったんだろう」と、ちょっと胸がチクリとします。


失くしものは、日用品だったり、思い出の品だったり。物じゃないないものもあります。

それは、途切れてしまったあの頃の夢や、あの時の目標や。大好きだったあの人との時間や。

それから、自分の誕生日を迎えるあのワクワク感もどこに行ってしまったんだろうと思いましたが、それは失いながら別の感情が引き出されて来ました。

失くしものにも「その先」があるのですね。


失くしたものは、今もどこかにあって、遠くからこちらを見つめている。そんな風に感じることがあります。


「いま、君から何が見えますか?」


私から離れていったものたちから、私はどんな風に見えているんだろう。失くしたものから見える景色を手繰り寄せたら、再び巡り会えるような気もして。


そんな後ろ髪を引かれながらも、今日は「失くしたものが残すもの」が、愛しくなるような詩をおくります。


I held a Jewel in my fingers —

And went to sleep —

The day was warm, and winds were prosy —

I said "'Twill keep" —

I woke — and chid my honest fingers,

The Gem was gone —

And now, an Amethyst remembrance

Is all I own —

宝ものをにぎりしめて

眠りについた

その日はあたたかく

吹く風はいつもと変わらなかった

「ずっとこのままで」そう思っていたのに

目が覚めたら

宝ものはどこかに消えていた

嘘のつけないこの指を責めたくなる

そして今、アメジストの透き通る記憶が

この手のひらに残されたすべて


私たちは、時間や若さや、あらゆるものを失い続け、その記憶にすっと背中を支えられ、そっと押されるように、生きていゆくのですね。


私の失くしものは頭が痛いですが、いつかあなたが失くしたものが、あなたを見守ってくれていますように。遠くで、いつも祈っています。


あなたのいない夕暮れに。


文:小谷ふみ

朗読:天野さえか

絵:黒坂麻衣


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