日曜日のキッチン

森雪之丞 Poetry Readingの世界『感情の配線』

26-08-2024 • 3分

日曜日のキッチン

あなたとじゃなくてもよかった マラケシュのジャマエルフナ広場の 親方に叱られた猿使いの少年でもよかった 落日の朱色が似合って 折れそうに指が長くて 生まれたことを憎んでいるような目をしてれば あなたとじゃなくてもよかった

失わないとね 持っていたことに気付かないものってあるの 若さってそうでしょ 若い頃は若さに価値なんてない もうトシだなと感じた瞬間 使い果たしてしまった若さの素晴らしさに 人は茫然と立ち尽くすの

〝後悔〞は人間だけに蔓延する感情 過去の失敗を未来でまた悔やむなんて キッチンの横に立つトネリコの大木には 人間達の奇妙なゲームにしか見えない

人間だけが悲しいのかな 世界が滅びる前の日も 空はきっと果てしなく青くて 風は途惑いもなく流れて 紋白蝶はあどけなく蜜を啜(すす)って やっぱり人間だけが悲しいのかな

アルル郊外のね 使われていない錆びた線路の上をね クロスワード・パズルを解く要領で歩き続けたら そのままアッチの世界へ戻れる気がしたの 終点でゴッホの跳ね橋がもし降りていたら 私はこの身体を上手に脱いでいたと思う

なぜ此処にいるんだろ? あなたとじゃなくてもよかった でもあなたとだったから 私は今キッチンにいる 日曜の昼下がり カプリ島の女達は素肌の上に メイドのエプロンをつけるんだって そしてポモドーロのソースを味見をしたり ローズマリーの焦げた匂いを嗅いだりするたびに ちょっと欲情するんだって

欲情と懺悔って似てるかもしれない 原罪なんてどうでもいいけど 生きてることを誰かに許してもらいたいから あなたに欲情してあなたに懺悔する

「やっと愛を学んだな」と 天からお節介な声が聞こえても 私は否定しないの

この世界には 失わないと持っていたことに気付けないものがある それを知っただけでも あなたと此処にいて良かったと思う

幸せな時は 幸せに価値なんてないから


1976 年作詞作曲家としてデビュー以来、昭和・平成・令和の3 世代でジャンルを超えてヒットチューンを生み出し続ける森雪之丞が、自選詩集『感情の配線』の発売を記念して詩を朗読する番組。 メロディーを脱ぎ捨てた諧謔とエロスと波動(グルーヴ)詩人・森雪之丞の言葉の軌跡を是非ご体感ください。

森雪之丞 自選詩集『感情の配線』 2024年1月14日(日)発売 特設サイト:https://www.mori-yukinojo.com/emotional_wiring/

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