エミリー・ディキンソン「これは世界におくる手紙」

あなたのいない夕暮れに 〜新訳:エミリー・ディキンソン

01-01-2022 • 10分

あなたへ

こんばんは。冷たく澄んだ冬の夜空に、イルミネーションの光が華やかに咲く季節になりました。おかわりありませんか。

今日は、ちょっと気が重い用事を、やっと終えた帰り道、小さな光が散りばめられたケヤキ並木を歩きました。私がひと呼吸するよりも、ゆっくり点滅するきらめきのなか、この1年をほっと振り返りました。それはまるで、今年のフィナーレへと続く花道のようで「一年間、おつかれさまでしたね」と語りかけてくるようでした。なんだか感傷的になり、ちょっと涙ぐんでしまいました。

あなたは、どんな一年を過ごしましたか。

私は暮らしに、とても大きな変化がありました。ライフステージが変わる時は、心の状態や身体の調子、人との関係や何かとの距離感、これまでうまく保ってきたバランスを崩しがちです。気をつけなくちゃと分かっていたのに、よろけて、転んで、倒れたまま、しばらく起き上がることができない日々が続きました。

誰かに会うのも、どこかに出かけるのもままならなく、かといって、本や映画にも集中できませんでした。出来ないづくしの自分を、暗く深い穴の中でどんどん持て余してゆきました。

そんな時、車で30分ほどの、少し遠くのパン屋さんに連れて行ってもらいました。このお店は数年前に、家族のザ・ベストオブパン屋を見つけようと、あらゆるお店を巡って見つけたお気に入りのお店です。

ここは、店内の雰囲気だけでなく、パン自体に弾けるような活気があります。トレーとトングを手に、店の入り口に立つと、にこやかなパンたちが一斉に「いらっしゃいませぇ!」と迎えてくれるようなのです。 種類も豊富で、パンそれぞれが、自らのテーマソングを持っていそうなほど個性的でもあります。 よくある定番のアンパンですら、艶やかで存在感があり、あの有名なマーチを歌い出しそうです。

そう、みんながヒーローのように、ぼくを、わたしを、お食べよ!と、語りかけてくるのです。

どうしてもお腹に力が入らない時、口にふくむと、ふんわりあたたかく、ひと口ごと、おへその辺りから、まさに愛と勇気が満ちてゆくようでした。悲しい気持ちから抜け出せない時、心配ごとに絡まってしまった時、その時の気持ちに添うように、味が変わるようにも思えました。

パンは、食べられる手紙のよう。でも、その手紙へは返事の書きようもなく「ありがとう」のかわりに、いくつもの「ごちそうさま」を重ねました。

そうやって、心は、ひと口ごとに、立ち上がって来たように思います。

パンに励まされたり、イルミネーションに労われたり、私たちは、目の前を浮遊する無数のメッセージに、生かされているのかもしれません。

メッセージは、言葉あるなしに関わらず、様々な姿を借りて、誰かから、誰かへと、届けられている。

今日は、そう感じずにはいられない詩を送ります。


This is my letter to the World

That never wrote to Me̶

The simple News that Nature told̶

With tender MajestyHer Message is committed

To Hands I cannot see̶

For love of Her̶Sweet̶countrymen̶

Judge tenderly̶of Me


これは世界におくる手紙

返事をくれたことはないけれど

自然が語りかけてくる ちょっとした知らせを

優しくも おごそかにその言づては ゆだねられて

出会うことのない 誰かの手へと

私たちはともにある その愛しい想いを抱いて

あなたがそっと 決めたままに


「さあ、これからどうしていこうか」。長く降り続いた涙がやみ、心が傘をとじるころ、今度は次の一歩を選ぶ時です。まだぬかるんだ道をゆく頼りないつま先には、期待と、同時に、迷いも生まれます。そんな時には、目についたものから、必要以上に意味深くメッセージを受け取ってしまいがちで、困ったものです。

道すがら、赤や黄色信号ばかりに当たると「やめておけってことかな」と、ためらいます。 古着屋さんで、パッと手にしたTシャツに’’ALL IS WELL’’と書いてあれば、「うまくいくかな」と、勢いに乗っかろうとします。

自分の気持ちが、まだグラグラしている時は「言って欲しい言葉」を、また同時に「言って欲しくない言葉」を無意識に探して、拾ってしまうのかもしれませんね。

受け取るメッセージは、その時の自分次第で変わってゆくのだと思うと、目の前の景色が自身を映し出す壮大なモニターのように見えてきます。

世界が自分の同一線上にあるものなのだとすれば、こうして書いているあなたへの手紙も、実は自分への手紙なのかもしれません。

そして、あなたと手紙を交わしながら、私たちは重なり合う世界を、互いに感じ合っているのですね。

自分を、自分の日々を、よりよくすることで、あなたと分け合う世界もよくなると思えば、

もう少しだけ、優しく、あとちょっとだけ、頑張れそうです。

一方で、自分では、どうにもならない、いいことも、よくないこともある毎日です。

あなたにとって、少しでも、いいことが多い明日でありますように。

1日の終わりに、1年の終わりに、

祈りながら、また手紙を書きます。

あなたのいない夕暮れに。

文:小谷ふみ

朗読:天野さえか

絵:黒坂麻衣