あなたへ
こんばんは。冷たく澄んだ冬の夜空に、イルミネーションの光が華やかに咲く季節になりました。おかわりありませんか。
今日は、ちょっと気が重い用事を、やっと終えた帰り道、小さな光が散りばめられたケヤキ並木を歩きました。私がひと呼吸するよりも、ゆっくり点滅するきらめきのなか、この1年をほっと振り返りました。それはまるで、今年のフィナーレへと続く花道のようで「一年間、おつかれさまでしたね」と語りかけてくるようでした。なんだか感傷的になり、ちょっと涙ぐんでしまいました。
あなたは、どんな一年を過ごしましたか。
私は暮らしに、とても大きな変化がありました。ライフステージが変わる時は、心の状態や身体の調子、人との関係や何かとの距離感、これまでうまく保ってきたバランスを崩しがちです。気をつけなくちゃと分かっていたのに、よろけて、転んで、倒れたまま、しばらく起き上がることができない日々が続きました。
誰かに会うのも、どこかに出かけるのもままならなく、かといって、本や映画にも集中できませんでした。出来ないづくしの自分を、暗く深い穴の中でどんどん持て余してゆきました。
そんな時、車で30分ほどの、少し遠くのパン屋さんに連れて行ってもらいました。このお店は数年前に、家族のザ・ベストオブパン屋を見つけようと、あらゆるお店を巡って見つけたお気に入りのお店です。
ここは、店内の雰囲気だけでなく、パン自体に弾けるような活気があります。トレーとトングを手に、店の入り口に立つと、にこやかなパンたちが一斉に「いらっしゃいませぇ!」と迎えてくれるようなのです。 種類も豊富で、パンそれぞれが、自らのテーマソングを持っていそうなほど個性的でもあります。 よくある定番のアンパンですら、艶やかで存在感があり、あの有名なマーチを歌い出しそうです。
そう、みんながヒーローのように、ぼくを、わたしを、お食べよ!と、語りかけてくるのです。
どうしてもお腹に力が入らない時、口にふくむと、ふんわりあたたかく、ひと口ごと、おへその辺りから、まさに愛と勇気が満ちてゆくようでした。悲しい気持ちから抜け出せない時、心配ごとに絡まってしまった時、その時の気持ちに添うように、味が変わるようにも思えました。
パンは、食べられる手紙のよう。でも、その手紙へは返事の書きようもなく「ありがとう」のかわりに、いくつもの「ごちそうさま」を重ねました。
そうやって、心は、ひと口ごとに、立ち上がって来たように思います。
パンに励まされたり、イルミネーションに労われたり、私たちは、目の前を浮遊する無数のメッセージに、生かされているのかもしれません。
メッセージは、言葉あるなしに関わらず、様々な姿を借りて、誰かから、誰かへと、届けられている。
今日は、そう感じずにはいられない詩を送ります。
This is my letter to the World
That never wrote to Me̶
The simple News that Nature told̶
With tender MajestyHer Message is committed
To Hands I cannot see̶
For love of Her̶Sweet̶countrymen̶
Judge tenderly̶of Me
これは世界におくる手紙
返事をくれたことはないけれど
自然が語りかけてくる ちょっとした知らせを
優しくも おごそかにその言づては ゆだねられて
出会うことのない 誰かの手へと
私たちはともにある その愛しい想いを抱いて
あなたがそっと 決めたままに
「さあ、これからどうしていこうか」。長く降り続いた涙がやみ、心が傘をとじるころ、今度は次の一歩を選ぶ時です。まだぬかるんだ道をゆく頼りないつま先には、期待と、同時に、迷いも生まれます。そんな時には、目についたものから、必要以上に意味深くメッセージを受け取ってしまいがちで、困ったものです。
道すがら、赤や黄色信号ばかりに当たると「やめておけってことかな」と、ためらいます。 古着屋さんで、パッと手にしたTシャツに’’ALL IS WELL’’と書いてあれば、「うまくいくかな」と、勢いに乗っかろうとします。
自分の気持ちが、まだグラグラしている時は「言って欲しい言葉」を、また同時に「言って欲しくない言葉」を無意識に探して、拾ってしまうのかもしれませんね。
受け取るメッセージは、その時の自分次第で変わってゆくのだと思うと、目の前の景色が自身を映し出す壮大なモニターのように見えてきます。
世界が自分の同一線上にあるものなのだとすれば、こうして書いているあなたへの手紙も、実は自分への手紙なのかもしれません。
そして、あなたと手紙を交わしながら、私たちは重なり合う世界を、互いに感じ合っているのですね。
自分を、自分の日々を、よりよくすることで、あなたと分け合う世界もよくなると思えば、
もう少しだけ、優しく、あとちょっとだけ、頑張れそうです。
一方で、自分では、どうにもならない、いいことも、よくないこともある毎日です。
あなたにとって、少しでも、いいことが多い明日でありますように。
1日の終わりに、1年の終わりに、
祈りながら、また手紙を書きます。
あなたのいない夕暮れに。
文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣