エミリー・ディキンソン「夜明けがいつ来てもいいように」

あなたのいない夕暮れに 〜新訳:エミリー・ディキンソン

07-07-2022 • 8分

こんにちは。

ひと晩で、舞台の背景セットが変わったように、雨雲が跡形もなく消え、夏の空が一気に広がりました。はしゃいで、一年ぶりにノースリーブのワンピースを着てみたら、二の腕が驚くほど太くなっていて、戸惑っています。冬の間に蓄えた脂肪が、夏の眩しすぎる光に、さらされています。

おかわりありませんか。


先日、この夏空のように、突然のお客さまを、我が家にお迎えしました。この機会を逃したら、今後、会えるか分からない。そんな奇跡的なタイミングは、ある日の夕方やって来ました。

それは、旅先から、我が家を経由して、帰路に着く計画。こちらは、予告ありの流れ星を受けとめるような、高揚感と緊張感。


でも、あと3時間で駅に着くとの連絡をもらった時、リビングには、まだしまっていない冬の暖房器具、梅雨前に洗いそびれたこたつカバー、既に登場している扇風機や風鈴、繕い途中の浴衣……ひと部屋に、春夏秋冬、全員集合している状態でした。くわえて、食材の買い出しと、食事の準備もせねばならない。


うちには、こんな時に頼りになる、小さな部屋があります。日ごろ「ゲストルーム」と呼んでいますが、ここにゲストを迎えたことは、いまだ一度もありません。

この部屋は、家族がインフルエンザになったら隔離・療養施設になり、筋トレに目覚めれば、違う自分に着替えられる魔法のクローゼットになります。そして、お客さまが来た時には、散らかったものを押し込む部屋になります。つまり、「ゲストが来た時、散らかりを隠すルーム」であるところの「ゲストルーム」なのです。


とにかく、リビングでくつろぐ四季たちを、この部屋に手際よく誘導したら、あとは、お客さまをお迎えすることに集中。おかげで、料理にも手をかけられ、ともに食卓を囲み、できる限りのおもてなしすることができました。


そして、電車を乗り継ぎ3時間以上かけてやって来た流れ星は、わずか1時間ちょっとの滞在ののち、最終の新幹線、時速300キロの風をつかまえ、帰ってゆきました。


「短い時間だったけど、いい時間を過ごしてもらえたかな」と、心地よい疲れと、余韻に浸る深夜。でも、トイレと隣り合う、ゲストルームのもうひとつの扉が全開で、中が丸見えだったことに気がついたのは、無事に帰宅したとのお礼の連絡を受けた後でした。


「会える」ということは、日ごろ、別々に流れている互いの時間が、重なること。

それは、前々からすり合わせられることもあれば、突然に互いの流れが合い出すこともあります。


「さあ、いつでもどうぞ」と、いつ誰が来ても準備万端、どこの扉が開いても大丈夫、そんな風に過ごせたら、どんなにいいだろうといつも思っています。でも実際は、なかなかそうはいきません。


今日は、いつやって来るか分からない、

出会いへのそなえを、はっと思い出させてくれる、

そんな詩を送ります。


> Not knowing when the Dawn will come

> I open every Door,

> Or has it Feathers, like a Bird,

> Or Billows, like a Shoreー

>

> 夜明けが いつ来てもいいように

> あらゆる扉を 開けておく

> 夜明けは

> 鳥のように 羽ばたいて

> 浜辺のように 波よせるから


薄紫に明けてゆく空を見つめる気持ちで、会いたかった誰かを待つ。

朝焼けする胸のおく、「この自分でお迎えして大丈夫かな」、そんなちょっとした不安な気持ちも、見え隠れしながら。


そんな時のため、

散らかった気持ちを、隠してくれる、

見せないでおきたい闇を、見えなくしてくれる、

そんな駆け込み寺のような、秘密の小部屋を、

心やどこかに、持ちながら。


でも、その扉は、閉め忘れずに。

二の腕の準備が整うまでのしばしの間、

夏色のカーディガンを、羽織っておこうと思います。


また手紙を書きます。

あなたのいない夕暮れに。


文:小谷ふみ

朗読:天野さえか

絵:黒坂麻衣