エミリー・ディキンソン「小鳥が小道におりて来た」

あなたのいない夕暮れに 〜新訳:エミリー・ディキンソン

07-07-2021 • 9分

あなたへ


こんばんは。夕暮れの風の隙間に、蝉の声が交じる季節になりました。おかわりありませんか。蝉の声は夏の目覚めの合図のよう。あの夜の出来事も蝉が鳴き始めたばかりのことでした。
足りないものをコンビニに買いに行った夜のこと、自動ドアの蛍光灯の下に何か黒いものが転がっているのを見つけました。それは、ひっくり返ったカブトムシのメスでした。夏はまだ始まったばかりだというのに、なぜか傷だらけでツヤも悪く、生きることへの諦めの空気を漂わせ、起き上がらせてもじっと動きません。

昆虫や動物を保護することは、彼らの日常に足を踏み入れ、自然の摂理に逆らうことになるのではないかといつも躊躇うのですが、コンクリートの上で命が絶えるのはやはり忍びなく、ひとまず連れて帰ることにしました。家に帰るとすぐにプラスチックの箱に穴を開け、新聞を敷き、餌には……楽しみに取っておいた頂き物の桃を入れ、そして最後に、放心状態のカブトムシを高級桃の上に乗せました。私もその桃、食べたかったんだけどなと羨ましさをこらえて。
翌日も一日中、桃の上で同じ体勢のカブトムシのカブ子。週末にはカブ子を桃ごと土に返しに行こうと、そのままにしておきました。もう元気にはなれなくても、さいごは桃の甘い香りに包まれ安らかに、と願いながら。


「ブーン、ボン!ブーン、ボン!」夜中になんだろう。
小さなプロペラが回る音がする。そして、ぶつかる音がする。音をたどると、カブ子が箱の中をブンブン飛びながら、蓋にガンガン体当たりしていたのです。まる二日間、桃にかぶりつき、元気とガッツを取り戻したカブ子。荒ぶる直径3センチの戦闘機を、朝が来るまで小さな箱に閉じ込めておくことは出来ないと、森へ返しに行くことにしました。


森は、夜もまだ続く蝉しぐれ。肌に触れてきそうなほどに降りそそぐ蝉の羽音が、森の入り口のカーテンのようでした。それは静かな月に照らされて、向こう側へ二本足の生き物が立ち入ることを、少し恐ろしく思わせました。

箱の蓋を開けると、コンビニの蛍光灯では弱々しかったカブ子の背中が、力強く月明かりを受けとめていました。そして、桃にも、私たちにも振り返りもせず、カーテンの向こうへと消えて行きました。
茶色くしおれ残された桃。役目を終え、私の我慢が報われた瞬間でもありました。視線を少し上に向ける。また、ちょっと下に向ける。
それだけのことで、私たちが分け合っている世界に気づくことができる。
今日はそんな、いつもは見えない互いの日常がふいに交わる瞬間を、そっと束ねたような詩をおくります。


A Bird, came down the Walk -
He did not know I saw -
He bit an Angle Worm in halves
And ate the fellow, raw,


And then, he drank a Dew
From a convenient Grass -
And then hopped sidewise to the Wall
To let a Beetle pass -


He glanced with rapid eyes,
That hurried all abroad -
They looked like frightened Beads, I thought,
He stirred his Velvet Head. -


Like one in danger, Cautious,
I offered him a Crumb,
And he unrolled his feathers,
And rowed him softer Home -Than Oars divide the Ocean,
Too silver for a seam,
Or Butterflies, off Banks of Noon,
Leap, plashless as they swim.


小鳥が小道におりて来た
私が見てるのも知らないで
虫を半分にちょんと切り
食べてしまった 生のまま


それから そばの草葉から
露をひとくち
塀の方にぴょんとひと跳ね
カブトムシに道をゆずった


キョロキョロと見渡して
あっちこっちを見回して
その瞳はまるで怯えたビーズのよう
ビロードの頭をかすかに動かして


何か起こるかと身がまえて
私がパンひとかけらをさし出すと
羽根をほどいて
空へと はためかせた


水面(みなも)に跡ものこさずに
銀色の海をゆくオールよりも
午後のほとりをとび立って
音もなく泳ぐ蝶よりも


そっと庭のベリーの実を、小鳥が代わる代わるついばみに来るので、試しにひとつ食べてみたら、ふっくらと甘く、想像以上に美味しくて驚きました。そこで、私たちも収穫することに。
上の方に実ったものは小鳥に取っておき、下の実は虫たちへ、真ん中の実だけを自分たちに。庭のベリーを、小鳥と虫とついばみながら、
あなたにも食べさせてあげたいと思いました。


ひとつの木を、ひとつの実を、
そして、ひと夏を分け合って。


近くにいても、離れていても。


あなたのいない夕暮れに。


追伸
今年の夏もまた新たな訪問者が。
玄関を開けたところに、弱々しいクワガタの男の子、クワ氏です。
「あそこに行けばなんとかなる」と近所で評判なのでしょうか。