『艸千里濱』三好達治
われ 嘗(かつて)この国を旅せしことあり
あけがたのこの山上に われ嘗て立ちしことあり
肥(ひ)の国の 大阿蘇(おほあそ)の山
裾野には 青艸(あおくさ)しげり
尾上をのへにはなびかふ 山の姿は
そのかみの日にもかはらず
環(たまき)なす 外輪山(そとがきやま)は
今日もかも
思出の 藍(あゐ)にかげろふ
うつつなき眺めなるかな
しかはあれ
若き日のわれの 希望(のぞみ)と
二十年(はたとせ)の月日と 友と
われをおきていづちゆきけむ
そのかみの思はれ人と
ゆく春のこの曇り日や
われひとり 齡(よはひ)かたむき
はるばると旅をまた 来(き)つ
杖により 四方(よも)をし眺む
肥の国の大阿蘇の山
駒(こま)あそぶ 高原(たかはら)の 牧(まき)
名もかなし 艸千里濱
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夜の帳がおりる頃、
しじまにまたたく星のささやき。
光年の孤独の叫びを、夜風が柔らかく溶かす。
今宵 ひっそりと夜ふかし。