077.正義感

こころメンテナンス

23-06-2022 • 11分


あなたの周りにもいませんか正義感をもった方、自分が正しいと思った事を突き通す、でもそもそも正義とは? 感想、ご質問はこちらにお願いします!https://forms.gle/HhW7cXuA345QYmDZ7 YouTube: https://www.youtube.com/c/kokoro-me Web: https://m-e-science.com/ ♦文字起こしはこちら https://kokoro.koelab.net/077/ ================== 三上:はい、みなさん、こんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、 吉村:吉村竜児です。 三上:はい。吉村さん、よろしくお願いします。 吉村:よろしくお願いします。 三上:さあ、今日は、お便りコーナーでもお話でとりあげたみたいですけど、正義感について、とりあげていこうかなと思うんですが、 吉村:はい。 三上:まあ、正義感ってきくと、いいイメージがぱっと思い浮かぶんですが、実際、ちょっと奥も深いかなという感じを思うんですけど、 吉村:はいはい、そうですね。実際に正義というのはいいもので、正しいものっていう取り扱われ方が今の社会ではされているし、いろんな、たとえば、漫画とか小説とか物語の中でも、すごいこれは大事なことであるというような描かれ方をしているんですけれども、 三上:漢字でもそうですよね、「正しい」、ね、 吉村:それがほうんとうにいい悪いというカテゴライズのしかたが適切かどうかはわからないんですけど、言ってみたら、僕たち人間が幸せに生きていく、お互いに調和して生きていくということに関して、効果的なものなのかどうかというと、そこは疑問の余地があるなと僕は考えていますね。 三上:うーん、なるほどですね。 吉村:はい。 三上:はい。正義感というと、自分が正しいって思っていて、それを、正しいと思っているから、ちょっと押し付けるというのもあるのかなって、イメージであるんですけども 吉村:そういうことですよね。だから、要は、物事を正しいか正しくないか、正しいか間違っているかというふうに分けて、正しくないことを否定してるってことにつながっちゃうわけですよ。正義感というのは、物事を正しいか間違っているかでジャッジしているわけですね。それによって、ジャッジして、間違っているものを是正しなければいけないみたいな発想ですよね。直さなければいけない、変えなければいけない。もしそれが不可能だったら、排除しなければいけないみたいな話につながっていくんで、そこはその、法律の仕組みとかっていうのはだいたいそれでできているんで、現状僕らはそういう社会のインフラに頼って生きているという部分はあるんで、その仕組まで全部変えていくというのは、一筋縄ではいかないわけですけども、僕たちが、こころもち、気の持ちようの部分では、正義か悪か、とか、正しいか間違っているかというところで、物事をジャッジして考えるのではなくて、ひとつの事柄って、いろんな側面があってできていることだから、それを片側からみて、正しいか間違っているかというので、二分しちゃうんじゃなくて、なぜ、そうなっているんだろうとかね、理想的な状態に近づけるにはここからどうしたらいいのだろうかということを、考えていったほうが、物事はうまくいきやすいと思うんですよね。 三上:うーん。そうですよね。 吉村:なので、正義感というのは、結局、言ってみたら、ジャッジから起きているということが言えるわけですよ。さんざん、この配信とかでもみなさんにお伝えしているように、僕たちを苦しめているものというのは、結局ジャッジですよという話なんで。 三上:うんうん。わたしも毎回、ジャッジという話をきくたびに、最近は、確かにひとの話とか、ある意味、正義感って感じるのは、ちょっと、おせっかいなひとなのかなというふうに(笑)感じたりもするんですけども、ある意味ですね。そのひとが、そこに至るまでをみるのは、いろんな経緯があったからこそ、今に。ジャッジするんじゃなくて、今のこのひとが正義感としてやっていることも、いろんな経緯があったから、今に至るんだろうな、みたいな感じで。、 吉村:はいはい、はいはい。いいですね。だから、ジャッジしてるひとをまたジャッジしちゃったら、上塗りになっちゃうんでね、ジャッジしてるひとに対してもジャッジせずにみることができているというのは、すごい素晴らしいことですよね。 三上:側面とか、今に至る、きっと裏側に何かあっての今となったときに、でも、このひとをみたときに、逆に私たちは受け入れることはできたとしても、このひとを気づかせてあげるというのは、どうしたら?今、ふと思ったんですけど、どうしたらいいんでしょうかね? 吉村:そこに関しては、ほんとうにその、既存の方法となると、説得するとか、そのひとの気付きのきっかけになるような情報を頑張って与え続けるという話になっちゃうとは思うんですけど、ただそれに関しても、そのひとがジャッジを手放せないでいることをなぜなのかというところまで考えていくと、いろんな、そのひとの今までの経験とかから、ものの見方や考え方が凝り固まってしまったということも考えられますし、何か無意識の思い込みがあるためにそうなっているということもあるわけですよね。そこをどう取り扱っていくかということに関しては、僕はそれをどうするかということをとことんつきつめて、研究した結果が、クリアリングをしていくという、僕がこの心メンテナンスという手法のなかでやっていることにたどり着いたわけですよ。これが唯一の正解とは思っていないんですけども、僕が今までいろいろ、みてきた、研究してきたなかでは、これが一番効果的だなと思ったんで、実践しているという話なんですよね。 三上:うーん。なるほどですね。 吉村:昔のひとたちは、そこを時間かけて、瞑想したりとか、座禅組んだりとかということで、自分と向き合う時間をとって、自分の中にある凝り固まったものとか、固定概念に気がついて、手放していくということをじっくり時間をかけてやってこられたひとたちが、悟りを開くひとたちになっていったという経緯はあると思うんですけど、現代人って、けっこう忙しいじゃないですか。 三上:うん、うん、うん。 吉村:山に何年かこもる時間とかあんまりないと思う、みなさん。僕もあんまりないと思うし。 三上:(笑)なるほど。 吉村:5年間山にこもるんだったら、その時間、うちの子供達の成長をちゃんと見守りたいって、僕は思ったんで、そうすると、山にこもって修行みたいなやり方は、ちょっと現実的じゃないかなと思うんで、エネルギーワークをつかって、クリアリングするというのが、現代人に合ったやり方なんじゃないかなと思いますね。 三上:うーん。わたしも、最近ね、お友達と話をしていたんですよ、ひとりの時間を自分と向き合って、考える時間というのは、ほんとうに大切というか、いい時間だなというふうに盛り上がっていたんですね。お友達も、結局、自分がハッピーじゃないと、相手をハッピーにすることなんて、絶対にできない、その方はそういう考え方なんですけど、わたしもまさしく、そのとき、そうだよな、自分が満たされていなかったら、相手を満たすことなんて無理だよなというふうに共感したんですけど、 吉村:はいはい、そうですね。 三上:やっぱり、この正義感というのも、自分が正しいって思っているからしちゃうと思うんですけど、いったん、ちょっと、振り返って、自分自身そうなのかなという時間があったりすると、また変わったりとかして、結局自分次第ですよね。 吉村:そうですね。結局、その正義感にとらわれている人たちは今どうやっているかといったら、多分、これが正しくないとか、もっとこうあるべきだとか、今ある状況の、そのひとからみたよくない部分にフォーカスしてるから、それをなんとか直さないといけない、悪いところ全部なくせば、いい状態になるだろうと多分思っていると思うんですけど、意識が、そのひとのわるいところにいって、よくないところ、直さなくてはいけないところに向いてると、結局そっちにフォーカスしてエネルギーを与えちゃうから、そのひとの不満のほうが、増えていっちゃうんですね、結果的には。悪いと思われている出来事とかをどんどん引き寄せちゃうみたいな、そちらに票を入れていくということを無意識にやっているんで、それよりも、どうしたら、自分は幸せになるだろうかとか、どうしたら、この自分の幸せを周りの人たちと分かち合うことができるだろうかという、こっちのほうを考えたほうが、うまくいきやすいという話なわけですよね。 三上:そうですよね。受け入れて、そうですよね、人間って、悪いところがあったっていいんじゃないって、最近わたしも思ったりします。人間らしいというか。(笑) 吉村:そうですよね、完璧な人間なんてそもそもいるわけないし。 三上:そうそう、そうそう。 吉村:そうですね。悪いところっていうのだって、どの立場でどの角度からみたら、悪いってことになっているのかって、自分は悪いと思っていても、他の人は、なんか、この人はこういうとこかわいいなと思ってるかもしれないですよ。そうなると、単純にいいか悪いかではジャッジできないですよね。